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11章 イエスのたとえ話 種まきのたとえ [新約聖書 イエス・キリスト]

マタイ13:3-8

この譬は種がまかれた場所に注目です

種は御国の言葉です

道端におちた種は鳥が食べた。 マタイ13:4
福音を聞いても悟らない人、悪人が来て心にまかれた種を奪い取って行く 19節
[かわいい]御言葉を妨げる物はどんなものがあるでしょうか?
不信仰など モーサヤ26:1-3参照 
御言葉を理解できるようになるにはそれを行う必要があります。アルマ32:27

石地に落ちた種は芽は出したが日が昇ると焼けて根がないのですぐ枯れてしまった 5,6節
福音を喜んで受け入れるが根がないので迫害や困難にあうとすぐにつまずいてしまう 20,21節
[かわいい]神の御言葉を心に根を張らせるには熱意と忍耐が必要です。アルマ32:41-43

いばらに落ちた種はいばらがふさいでしまう。7節
福音を聞くが世の心づかい、富などの誘惑に合い実を結ばない 22節
[かわいい]この世の物に神の御言葉をふさがれないためにはどうしたらよいでしょうか?

よい地にまかれた種は実を結び30,60,100倍になった。8節
御言葉を聞いて悟る人。よい実を結ぶ。23節
[かわいい]実りの少ない地域で実を生じさせるためには、道端を耕し、肥料を与え、石を取り除き、いばらを抜く必要があります。
この事は私たちが神の言葉を受けれるようにするためにどう応用できるでしょうか?


11課 イエスは譬で多くの事を語り [新約聖書 イエス・キリスト]

マタイ13章

大勢の群衆が海辺に集まるとイエスは譬で多くの事を語られた。

「たとえ」とは、福音の真理を地上にあるものになぞらえて教える象徴による物語。

イエスが譬で語られた目的は・・・
弟子たちに教えると同時に信じない人たちには教えを隠すため マタイ13:10-13

「聞く耳がある者は聞くがよい」(9節)と招いておられる

[かわいい]見ても見ず、聞いても聞こえず〈13-15)とはどのような意味でしょうか?
「多くの人は主の言葉を受け入れなかった。それは彼らが自分の目で見ようとせず、自分の耳で聞こうとしなかったからである。
決して見えなかったわけでも、聞こえなかったわけでもない。
彼らは見て聞く機会を与えられなかった訳でもない。彼らの心が邪悪と憎むべき事柄で満ちていたからである。
大群衆が主の譬の説明を受け入れなかった本当の理由は彼らの不信仰にあった。」
ジェセフ・スミス

[かわいい]イエスは譬の解き明かしをしたいと思う人には説明された。譬を理解したいと思う時に研究するなら、その譬を日常生活に応用することができます


祈り [祈り]

一人になれる所、心に深く思いを巡らす事が出来るところ、

ひざまずける所、主に声を出してはなしかけられる所に行きなさい。

寝室、浴室そのほかどんな狭い所でもよい。

そしてあなたの心の目に天父の姿を映し出してみる。

自分がだれに話しかけているかを考え、思いをコントロールしなさい。

あれこれ考えずに天父を自分の父親や友達のように思って話しかけなさい。

それから自分が本当に話しかけたいと思うことを話す。

意味のない決まり文句は使わずに心をこめて真剣に話かけるのである。

天父を信頼し、赦しを求め、心の願いを打ち明け、共に喜び感謝し、あなたの愛を語りなさい。

そうした上で天父の答えに耳を傾けるのである。

答えに耳を傾けるのは祈りに不可欠である。

主からの答えは静かに本当にやってくる。

実際に自分の耳でそれを聞く人はほとんどいない。

よほど注意して耳を傾けないと、それを識別する事は決してできない。

答えのほとんどは私たちの心の中で暖かな安らかな気持ちとなって表れるか、

または何か特別な思いが湧いてくるかどちらかである。

いずれにしても答えは忍耐強く待った人に、そして準備できた人に与えられるのである。

H.パーク・ピーターソン  「逆境と祈り」



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